今回は経営層や人事部の方向けです。ちょっとややこしいですが、人事部員にはメリットがたくさんあります。賃金カーブによる分析が出来るようになると、それぞれ以下のメリットがあります。
制度の担当者:自社の人事制度が正しく運用できているか確認できる!
採用の担当者:応募者に、データに基づいたモデル賃金を提示できる!
教育の担当者:モデルと乖離した年齢層を抽出でき、教育施策を提案出来る!
労務の担当者:将来の給与水準が判るので、人件費がある程度予想できる!
経営者:自社の給与水準を元に、他社と比較できる!
今日は前回のエントリの続き、賃金カーブの作り方になります。
※人事以外の方が知っていても損はしませんが、そもそも賃金カーブを作るために必要となる情報を入手することが出来ないので、中々活用することは出来ないかも知れません。
賃金カーブの作り方には、演繹法的な描き方と、帰納法的な描き方があります。 今回はこの二つを理解出来ればOKです。
では、はじめましょう。
演繹法的な描き方
演繹法的な描き方は、人事制度において想定している「標準的な昇格・昇給パターン」から積み上げで作っていくようなやり方です。「モデルベースの賃金カーブ」ってやつです。
標準的な昇格パターンというのは、例えば、
・大卒。初任給の200,000円で入社
・3年(25歳)で等級2に昇格
・5年(30歳)で等級3に昇格
・3年(33歳)で主任に昇進
・2年(35歳)で等級4に昇格
・・・
というような形で、標準形を作成してシュミレーションするような考え方です。
評価毎に昇給金額が変わるのであれば、「評価は毎年B」ではなく、「評価の割合はC30% B40% A30%」などのようにルールを決めるとなお良いでしょう。
その際は、より現実的な評価パターンにすると納得感が増します。
例えば、上記のABC評価の分布なら、
CBACBACBBA・・・とするよりは、
CCCBBBBAAAというような順番になる方がより実態に近いことが多いです。昇格したては評価が低く、後になれば上がっていく設定にするわけです。
この考え方は、現人事制度の原則に従えば、標準的な人がどの程度の給与になるのか、ということを考えるのに適しています。
また、ハイパフォーマー・ローパフォーマーの設定も容易です。 ハイパフォーマーについては昇格年数を早く設定したり、評価のバランスをやや高くしたりすればOKです。ローパフォーマーについては逆に昇格を遅くしたり、どこかで打ち止めにしたり、評価をやや低く設定したりすればよいわけです。
一方で、演繹法的な賃金カーブの問題点は「あくまでも架空のモデルである」ということになります。
帰納法的な描き方
帰納法的な書き方は、実際に今居る人たちの年齢と金額を元に散布図を作り、散布図の近似曲線を使って計算する方法です。近似曲線というのは、散布図上の各点から、距離が一番短くなるように引いた線のことです。そのため、今居る人たちの昇給の状態が擬似的であれわかるわけです。「現実ベースの賃金カーブ」ってやつですね。
初めはややこしいですがExcelで一発で出来ます。
1.まず、以下のようなデータを用意します。
2.つぎに、散布図を使って以下のようにグラフを作成します。
3.そして、散布図から近似曲線を作ります。
このとき、多項式近似・2次関数にしておくことがポイントです。線形近似でもおおよそのことは判りますが、直線的な賃金カーブしか描くことが出来ず、逓増型・逓減型になっているかの判断がつかないからです。 (賃金カーブが指数・対数・累乗的なカーブを描くことはまずあり得ませんのでこちらもお勧め出来ません)
この考え方は、現実の賃金はどのように散らばっていて、どのような上がり方をしている人が多いのか、ということを考えるのに適しています。そのため、人事制度を理解・浸透していない多くの現場の人と会話をするときは、帰納法的な考え方によって作られた賃金カーブを元に話をした方が、共通認識を形成しやすくなります。
一方で、帰納法的な賃金カーブの問題点は「今こうなっている」に過ぎず、理想的な状態であるとは限らない、ということになります。
賃金カーブからわかること
こうやって賃金カーブを描いてみると、たまに、「演繹法で作ったカーブと帰納法のカーブが全然違う」という現象が起きることがあります。
例えば
・金額の水準が違いすぎる
・カーブの形が違う
というものです。差が出てしまう理由には主に以下の3つが考えられます。
1.演繹法の設定水準が現実と乖離している
一つ目が、演繹法で設定した「モデル人物」が現実離れして良すぎたり、悪すぎたりするようなパターンです。 「日本人女性の平均像を新垣結衣さんにする」みたいな状態が生じている訳です。
これを放置したままにすると、人事制度が有名無実化したり、「新卒の会社説明会で、モデル賃金は30歳で70万円って言ってたのに、半分にも満たないじゃないか!」というようなすれ違いが生じてしまいます。
これが起きた時の解決策は、
昇格年齢をもう少し遅くする等、モデルをもう少し実態に近づけることです。
あるいは、モデルで想定した年齢で昇格出来るよう、教育研修を充実させる、といった方法も考えられます。
2.現人事制度の前に全然違う人事制度を使っていた
二つ目は、今の人事制度の前に、全然違う人事制度を使っていたというものです。これについては前回のエントリで書きました。
途中で人事制度を変えると、特定の年代で賃金カーブの形が変わることがあります。特に、勤続年数が長い(旧人事制度で運用されていた時期が長い)人は、現人事制度の想定とは異なる賃金カーブを描いていることがあります。
これが起きた時の解決策は、
そういうこともあると割り切ってそのままにするか、
何らかの補助的な手当を新設する等が考えられます。
3.運用が制度と乖離している
最後は、人事制度と異なる運用がなされているものです。例えば、
「能力が上がらないなら昇格させない」という制度にしているにも関わらず、
→「かわいそうだから昇格させてあげる」などの運用を行なっていたり
「若手が昇給しやすいように」と制度を作っても、
→昇給原資配分の裁量を現場に渡していた結果、「ベテラン層に厚く配分されていた」ということが起こったりします。
これが起きた時の解決策は、
制度を再浸透させ、運用を制度に近づける(例えば制度に関するeラーニングや考課者研修)、
制度にあった運用が出来るよう、追加ルールを設ける。(原資配分は事業部毎に決めて良いが、人事のガイドラインに従うこととする)
などが考えられます。
今日のまとめ
・賃金カーブの描き方は2種類。演繹的アプローチと帰納法的アプローチがある。
・演繹的アプローチと、帰納法的アプローチを見れば、人事制度・運用の問題をチェックできる!