部下を持つ人と話をしていると、よく「研修では部下を褒めろ褒めろって言われますけど、部下って褒めたら成績が下がることって結構多いと思うんです」というご相談を頂くことがあります。なるほど確かに、良い成績を出した部下を褒めると部下の心に甘えが生じて成績が下がるというのはもっともな理由のように思えます。逆の、部下を叱ると部下が発憤するから成績が上がるというのもわからないではありません。
平均への回帰
この問題に対して、2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンという教授がファスト&スローという本の中で、一つの答えを出しています。
まず、ある人に対して期待される平均値がこの線上にあるとします。
そして、その人への期待を上回る成果が出たら上へ、下回る成果が出たら下へ行く、と表現します。 その人に対する期待する平均に対して上回るか・下回るかなので確率は半々です。
すると、例えば業務が5回のときは以下のようになるわけです。
それぞれの可能性は以下の通り。
このモデルはランダムウォーク仮説とか言ったりすることもあります。
ここで、上司が部下を褒めるとき、ということを考えてみましょう。皆さんが多くの上司と同じであれば、単月とか、1回の業務で部下が好調だったとしても多分褒めないと思います。せめて2回か3回ぐらい連続でいい成績を残しているような状態で無ければ褒めることは無いでしょう。
叱るときも同様ですね。2回か3回ぐらい連続で悪い成績で無ければ叱らないでしょう。
ここで、さっきの最終的に到達する確率の絵を思い出して頂きたいんですが、「5回連続○」「5回連続×」となるのは確率として非常に低くなります。総じて、真ん中のどれかに落ち着く可能性が高いので、3回連続○の人はどこかで×になってきます。
これを平均回帰といいます。同様に3回連続×の人はどこかで○に回帰します。
だから、「3回連続で○だったので褒めた。しかし、平均回帰が起きるため、成績は落ちた。」という現象が起きるわけです。
当然、「3回連続で○が出ていようが、次に○が出るか×が出るかは独立した事象なので、結局1/2なのでは?」というツッコミは想定されますが、1年間にわたる業務として平準化して見たときには、やっぱり真ん中に行く確率の方が高くなります。あと、褒めた人が次もいい結果を出してもそれほど気にもとめないでしょうが、少しでも成績が下がるとものすごく気になりますよね。
こういう、平均回帰現象については、「スポーツイラストレイテッドのジレンマ」というものもあります。スポーツイラストレイテッドはアメリカのスポーツ雑誌で、これの表紙を飾った人は翌年スランプに陥るというようなものです。サッカーでも「バロンドールを取った選手はW杯で活躍出来ない」とか「絶不調のチームの監督を交代させたらしばらくは好調が続く」という現象として知られています。
「褒めようと思った段階で、既に調子が落ちることは決まりつつある」ということですね。要するに「褒めたら成績が下がり、怒ったら成績が上がるのはたまたま」です。
・・・と、ここで終わってしまうとあまりにも悲しいので、じゃあどうしたらいいか、と言うことも考えたいと思います。
成績が良い部下に対してどうすれば良いか?
実は、さっきの例は「成果に対して褒めた/叱った」場合であるということが注釈として付きます。成績が良いから褒める・成績が悪いから叱るということをしても次の結果には繋がりにくいです。
では、どうするべきかというと、「成績に直結した行動を褒める」と言うことが必要になります。
文章で言うと以下のような形です。
×「最近受注が増えてるね。」
○「お客さんのニーズを聞き出した上で、それに対応する自社製品の提案が出来ているから、最近受注が増えているね」
こうすることで、部下が客先で自社製品の良さを熱弁するのではなく、「まずお客さんのニーズを聞く。それからそのニーズを満たすための自社製品の良さをPRする」という行動が強化されるようになるわけです。成果が上がる行動が促進される→成果に繋がる というわけです。
ただし、これをするには上司の業務分析能力が必要になります。「この人の成功要因は何か?」ということを見抜く力が必要になるからです。直接業務を行なわない管理職にもある程度の専門性が必要になってくるのはこのためでもあります。
まとめ
・成績を褒めるとその後の成績は下がり、成績を叱るとその後の成績は上がるのは平均回帰が起きるから。
・好調を維持させたいなら、好調に繋がっている原因の行動を突き止め、それを褒めることで行動を定着させる。