1.学校法人を取り巻く環境変化と経営方向性
学校法人を巡る経営環境は大きく変化しています。まずはその変化を整理していきます。 外部環境分析では、5force(ファイブフォース)分析という枠組みで整理すると判りやすくなります。 5force分析は、マイケルポーターという経済学者が提唱したもので、企業に影響を与える要因として「同業他社」「購買者」「供給者」「新規参入者」「代替製品」の5つに着目するという考え方です。
1-1.購買者の動向
学校法人における購買者は、主に学生/生徒です。こちらについては、言うまでも無く少子高齢化の影響をモロに受けることなります。18歳人口は約105万人であり、1992年頃の182万人と比べると30年足らずでほぼ半減と言えます。この流れが止まることは予想されづらく、今後も更に減るでしょう。
大学の場合
大学への進学率は1992年時点の26%程度から53%程度まで上がっているため、大学に限って見ると購買者のパイ自体は47万人→56万人とむしろ増加しています。しかし、大学進学率は2009年に50%を超えてから成長率は鈍化しており、上げ止まりの様子も見せつつあります。そのため、今後は人口減少の影響が顕著に出てくると思われます。
また、定数管理の厳格化、学費が高いことへの指摘、日本全体の所得が上向かないことなどから、従来のビジネスモデルでは厳しくならざるを得ません。
大学以外の学校の場合
一方で、大学以外の学校は人口減の影響を大きく受けています。その中で一番厳しい環境にあると言えるのは、短大/専門学校でしょう。一次は13%程度あった進学率は、現在では4.6%と1/3まで低下。1992年には22万人居たパイも4.8万人と1/5程度まで低下しており、非常に厳しい状況にあるといえます。
まとめると:
大学は「これから悪化に転じると思われるのに、現状大きな問題が無かったので危機意識があまりないのが懸念」
短大や専門学校は「人口減・忌避傾向があり、現在既にかなり厳しい」
(幼)小中高は「既に徐々に厳しくなってきており、今後も厳しさは継続予想」
ポジティブな材料
一方で、人生百年時代・大人の学びなおしへの興味・ニーズの高まりにより、リカレント教育に活路を見出す学校法人も増えつつあります。こちらについては年齢問わずターゲットを増やすことができることから、新しい市場としての期待値は高いでしょう。しかし、こちらについても注意が必要です。なぜなら、リカレント教育として注目されているのは「語学」「IT」「介護/健康/福祉」が主であり、比較的資格色が強いものだからです。そのため、リカレント教育需要を取りに行く際の学校法人のライバルは「資格」といえるかもしれません。 また、次点としては経営学や心理学といったものが控えていますが、特定のジャンルに偏っているため、既に取り組みを進めている学校法人にキャッチアップするためには非常に労力が必要となるでしょう。
1-2.市場内競争の動向
学校法人間の競争は、今後激化すると予想されます。競争激化する市場の特徴に「市場成長率が低い状況」「競合他社が多数存在する」「数十%以上のシェアを持つような圧倒的な企業が存在しない」というものがありますが、まさにこれらに該当するからです。市場内のプレイヤーは比較的多い状況で、学生/生徒数が伸びづらいことから、学生/生徒の獲得競争は激化するでしょう。 これらについて、各校少しずつ工夫を凝らして独自色を出そうとしていますが、資格の取得支援・人間力を育てる などの表現の法人が多く、類似してしまっているといえます。
※資格取得や人間力向上そのものについて否定する意図はありませんが、顧客(学生や保護者など)目線で見た際に、差異が判りづらく、貴学選択の意思決定に寄与しづらいという点が課題といえます。
1-3.供給者の脅威
学校法人における供給者は、設備供給業者・教材の供給業者や教職員があげられます。GIGAスクール構想への対応、英語教育・アクティブラーニングなど時代の変化に対応するためのコスト増は避けられません。また、多くの学校法人が固唾をのんで見守っているのが教員の残業代に関する訴訟ではないでしょうか。 私立学校法人の多くが、給特法を参考とした「基本給の数%をみなし残業代として支払う」という運用をしていますが、判決の結果この運用が認められないとなると、大幅な人件費増が予想されます。
そうなってくると、サービスの取捨選択(例えば部活や補講を減らす)や、生産性向上施策(教員の主業務ではなく付随業務を可能な限り削減/省力化する等)が求められます。
1-4.新規参入者の動向
学校法人の業界に新規で参入してくる企業はあまり多くありません。上記の通り経営環境が非常に厳しいためです。しかし、大学が主であった学校法人が小中高を付属校として開校したり、中高一貫校が小学校を持ったり・・・と、学校業界全体でみると新規参入は少なくとも、「高等学校業界」「中学校業界」などに限定してみると新規参入はまだ存在するといえます。
1-5.代替品の動向
学校法人の代替品はあまり存在しません。学習塾は小中高の補講の補完的役割を果たすため、その点に限って言えば代替材であるともいえますが、完全に置き換わるということはあまりないでしょう。大学についても、一部の先鋭的な人がどれだけ学士/修士の意義を否定したとしても、進学率が下がるということはあまり考えられません。
しかし、留学生にとっては他国の大学が代替品として存在するでしょうし、リカレント教育においては資格ビジネスなどが代替品として挙げられる可能性があります。そのため、「既存ビジネスに限ってはあまり存在しない」が「その他の収益源を狙おうとすると代替品が存在する」と言えます。
また、少し脱線しますが昨今はオンラインサロンや動画配信チャンネルなどが雨後の竹の子のように誕生していますが、これらに対しては侮る/脅えることなく認識する必要があると考えております。学校法人の目線で見ると、「アカデミックでないのに大学を語る悪しき者」と見えてしまいますが、「実務に即効性がある(と思わせる)」「有名人が自身で集客している」「発信者/参加者双方が共同で活性化している」「参加させやすい価格設定や提供場所」といった点については非常に素晴らしい取組を行なっているとも言えます。 しかし、逆に上記の点を学校法人がクリアすれば既存の資産で勝るため、ビジネスの勝機が見えてくると考えられます。
まとめるとこのような形になります。
学校法人に求められる経営の方向性
外部環境を踏まえて、経営の方向性はどのように変化するでしょうか?まず、学校法人の主な収益源から考えていきます。学校法人の収益源は主に学納金・補助金・寄付金・その他からなります。
学納金
学納金については、現状多くの学校法人で過半を占めている、非常に重視すべき項目ですが、少子高齢化・定員管理の厳格化などによって、増収は難しいと考えられます。しかし、リカレント教育や留学生獲得に活路があるかもしれません。双方を実現するためのポイントは、学校としての魅力を高め・知らしめていくこと(広報)であると言えるでしょう。
補助金
政府などからの補助金については、ウエイト自体は高くないものの、経営上は重要な存在と位置付けられている学校法人が多いでしょう。増加させるべきであるという世論はある一方で、国家財政も余裕がない状態であり、継続的な増加は見込めません。(総額は現状と変わりがなくとも、いわゆる上位校への重点杯分はあり得る)
また、こちらは昨今の外部環境変化によるものではありませんが、補助金支給要件(定員充足率など)から逸脱してしまうと補助金がカットされてしまうという点についてもケアが必要です。そのため、日々進捗状況を把握しながら、着実に支給要件内に落とすため業務コントロールが必要になってくるでしょう。
寄付金
寄付金については、現状欧米と比べると日本は全体的に意識が低いとされており、実際金額もかなり見劣りします。そのため、伸びしろは大きいと言えます。寄付があまり活発ではない理由の仮説として、寄付の意義が浸透していないこと・そもそも学校法人に対して寄付をするという発想が浸透していないことが挙げられます。そのため、卒業生や財界等に対して働きかけを行っていくことが求められます。
その他収益
その他の収益については、学校法人毎にことなります。しかし、一般的にはここで大きな収益を埋めている学校はあまり多くないのが実態です。(附属病院を持つ学校法人はかなり大きくなる一方、特に文系寄りの学校法人では殆ど無いと言っても良い水準)
そのため、一部学校法人では事業収入の増加を企図する流れも見られており、今後に期待をすることが出来るでしょう。その他の収益を拡大するためのポイントとして、市場のニーズを的確に捉えること・自学の保有する資源(特に知財)をどのように結びつけ、マネタイズするかと言うことが挙げられそうです。
しかし、そのためには事業検討・事業開発や管理など、所謂一般企業でも求められる能力が必要となります。業績に対して拘りを持ってマネタイズし切ることの出来る人材というのは、学校法人の中ではあまり居ないのが現実ではないでしょうか。(そもそも利益追求したいと考えている人が入ってこず、そのような育成もされないため)
方向性をまとめると
このように見ていくと、収益を拡大していくためのポイントは大きく3つとなります。
①時代の変化を機敏に捉え企画し、実行する能力
②対外的に自学の魅力をアピールしていく広報能力
③教育品質の維持と向上
一方で、経費については割とシンプルで、
①全学目線で要否を考え筋肉質な体制を作る
②既存業務をより改善して「学生/生徒から選ばれない理由を無くす」
このように、成長戦略に加えて財政健全化を進めていくことがこれからの教職員に求められると考えられます。