「経営層からの目標が無茶過ぎて、部下に目標を落とし込めないんだけど」
「市場が縮小している中で自社の売り上げを伸ばしたい」「全く新しい事業分野に進出したい」「今より人員は減らしながらも売上高は増やしたい」・・・企業の経営者は、時に現場が無理だと言いたくなるような目標を掲げます。こうした、いわゆる”無茶ぶり”は、現場を困らせることがあります。経営層が定めた目標を、部下に落し込む役割を担う(そして部下から突き上げを食らう)管理職の気苦労ははかりしれません。しかし、無茶だと思える目標設定をせず、従業員の顔色を伺いながら現状維持の目標を立てつづけていても、会社として大きな飛躍を遂げることは難しいでしょう。
このような相談に対し「ウチの社長、無茶苦茶なことを言いますよね。人事部も困っているんですよ。」と回答すると、少なくとも回答者本人は現場に寄り添っているような印象を与えることが出来ます。しかし、お互いに不満を言い合っているだけで問題が解決することはありません。
相談者の今の状態は?
相談を受けたときにまずすべきは相手の現状把握です。相談者の発言から「経営の考えを理解しようとせず、不満を漏らしている」ということが判ります。現状の業務プロセスから脱却できず、違うやり方以外を考えられていないのかもしれません。
管理職が目指すべき状態とは?
次に、管理職が目指すべき状態を考えます。目標が出来ない理由を客観的に分析して語ることは簡単です。「人が足りません」「資金が不足しています」「ノウハウを身に付けるのに時間が掛かります。」ヒト・モノ・カネ・情報の要素を使えば、もっともらしい文章は簡単に作れます。また、こうして出来ない理由を説明すると、経営陣を否定している自分自身が非常に知的な人物であるかのように感じられるのは非常に困ったものです。
しかし、管理職は経営方針の実現の為、部下という経営資源を会社から預けられた立場です。そのため、経営層の意図を理解し、具体的な行動に落し込むことが求められます。もっともらしい経営層批判を行なって溜飲を下げることは求められていません。
また、管理職は、一般社員の頃と異なり箸の上げ下ろしまで口やかましく指示をされることはありません。裏を返せば、今まで通りのやり方をそのまま踏襲するのではなく、時には現状否定を含めて施策を立案することも必要となるということです。
そして、管理職自身のキャリアとして、経営層に上がっていくこととなります。そのためには、考え方を管理職から経営層にシフトしていく必要があります。まずその第一歩として、経営層の目線を理解することが必要となります。
考課者への具体的な質問例
では、どういった問い掛けをすれば考課者をあるべき姿に導くことが出来るのでしょうか。ここからは、人事担当者から相談者に対する問い掛けの例をご紹介します。
経営層の目線で考えさせる質問例
①「経営層は何故今回のような目標を指示してきたと思われますか?」
②「レベルの高い目標ですけど、達成できたら凄いと思いませんか?」
まずは「経営層が立てた目標の理由を理解し、共感する」ことを目指します。目標を理解できるかどうか、ではなく①のように目標設定には理由があるはずだという前提で問い掛けることで、無理矢理にでも理由を見つけさせます。その後、②のように問い掛けることで共感を促します。
現状否定を含めて施策を考える質問例
③「現在の状態や今までのやり方を無視できるとしたら、目標達成のためにどういう方法を
とりますか?」
④「今回の目標を達成できるような企業は具体的にどのような企業だと思いますか?」
我々には、有能性のワナといい、「現時点である程度成果を出せている方法がある場合、それを否定してまで新たな方法を考えにくい」という思考の癖があります。これを乗り越える為には、上記のような問い掛けが必要となります。
まず一つ目が、③のように現状のやり方を無視するという前提をおいた上で施策を考えるよう促す、というものです。この問い掛けで難しい場合は④のように目標から逆算して施策を設計するという方法を取ることで柔軟に考えやすくなります。
人事評価票の集計をExcelで行なっている企業を例に考えてみます。この会社では、考課者から返送された各人の評価票を集計用のExcelに手作業でコピーアンドペーストしており、馴れた人でも一人分につき30秒掛かかります。そこに「1,000人分を3分で集計できるようにせよ」という無茶ぶりが来ました。現状のフローのままならば、どれだけ手を早く動かしても達成不可能な水準です。しかし、④のように問い掛けることで「人事管理システムを導入しているかマクロを組んでいるような企業なら出来るかも知れない」というような回答が得られたらしめたものです。
同様に、現在限られた営業人員で直接販売している会社で「営業社員を増員せず売上を倍にする」ためには、営業人員の僅かな増員や超時間労働では対応しきれません。そこで、いっそ自社販売ではなく代理店販売に切り替える・インターネットを活用するなど流通チャネルを一気に変えてしまうような大胆な発想が必要となります。無茶ぶりは時として今までに無い斬新な発想を生み出す機会にもなり得ます。
それでも、どうしても無理そうな場合は経営陣に対して「こういった経営資源があれば出来ると思うので、融通して欲しい」ということを事前に交渉しておくことをお勧めします。仮に目標が未達だったとしても自身に対する影響を多少緩和することが期待できるからです。
おわりに
目標管理をはじめとした人事制度は、上手く使えば現場管理職のマネジメント能力を引き上げることが出来ます。そして、現場管理職からの相談は、現場の現状を把握する良い機会になります。人事部が現場管理職をあるべき姿に導くための手段と言えば、管理職研修などが想起されますが、本連載で紹介したように日常の些細な相談を通して気づきを促すことも可能です。単なるガス抜きに留まらず、企業価値向上につながるよう人事部の皆さんが管理職のコーチとなっていただければ幸いです。
PDFは以下よりご覧ください。
https://drive.google.com/open?id=1iZfSch0_LCHnr6AD9gMGHyhsFQUWgOLu
本記事は月刊人事マネジメント様との契約に従い、発刊後1ヶ月経過したため公開しているものです。